エルフの集落閉鎖頃。
登場→アーチェ、ブラムバルド、リア(ほとんど出てない;)






 「あたしさ。どうもブラムバルドに助けられた記憶があるのよね。」

 夕食を終えて、皆が片づけやら何やらをしていた時、アーチェがポツリと呟いた。

 その声に、野営地にいた仲間はくるりと振り返り、ジト目になってアーチェを見る。
 「助けられたじゃないか。」
 「助けられたって聞いたぜ?」
 「助けられたと聞きました。」
 「助けられただろう?」
 声は口調こそ違えど一様に同じ突っ込み。
 それに、さすがのアーチェもたじたじとする。
 が、言いたいことは終わっていない。言葉を続けた。

 「だからさ・・・!あそこでじゃなくて、もっと昔―――――


 【02:いたん】


 ボロい木製の小屋の扉を壊れてしまうのではないだろうかと言うほど勢いよく開き、
桜色の髪の幼い少女が外に駆け出した。

 「いってきまぁ〜す!!」
 少女は走りながら我が家を振り返り、手を振りながらやっと玄関に辿り付いた父に叫ぶ。
 「アーチェ!日が暮れるまでには帰ってくるんだぞ!!」
 厳格そうな父親は娘に負けないくらい大きな声を出しそう注意した。

 聞こえたのか聞こえなかったのかは定かでないが、
少女―――アーチェ――は手を振りながら走っていった。


 アーチェの目的はハーメルの町。
 ここのところ午後になるといつも1人で出かけては、
誰か友だちになってくれる子どもはいないかと探している。

 今まで子どもに出会わなかったのか?といえば、そんなことはない。

 問題はそのとがった耳。
 エルフがいなくなって後、それはハーフエルフの証。
 多くの人々から嫌煙される存在の証。
 親のその意識に毒された子どもたちは皆アーチェを避ける。

 それでも、アーチェはめげずに友だちをつくろうというのだ。


 まもなく辿りついたハーメルの町。
 アーチェは穏やかな日差しの下噴水広場で戯れる同じ年頃の子どもを見つけた。
 7人が群れて遊んでいて、4人は男の子、3人は女の子で噴水を囲んで
鬼ごっこやらゴムとびやらをしている。

 出ていこうかどうしようかとその様子を木の陰からアーチェが見守っていたとき、
1人遅れて来たのだろうアーチェははじめて見る赤茶の髪の少女が広場に駆け込んできた。

 「もう、リアったらいつも遅いんだから!」
 先にいた少女の一人が怒った風に見せて言う。
 けれど、もちろん実際に怒っているのではなく、すぐに少女たちはじゃれあうように遊びだす。

 その様子を物陰に隠れて見ていたアーチェは決心しそこから離れ、
子どもたちが遊んでいる方に歩み寄った。

 木から離れ、もうすぐそこというところまで来たとき、
先ほどの赤茶の髪の少女がアーチェに気付いたらしくにっこりと微笑んできた。
 「はじめまして。一緒に遊ぶ?」
 はじめてであるそのような申し出にアーチェは顔を輝かせ、頷き一気に走り寄った。
 だが、それに気付いた他の子どもたちがアーチェを見とめた途端
あからさまに嫌そうな表情を浮かべる。
 「じゃ、オレか〜える。」
 「ボクも。」
 「アタシも。ね、リアちゃんもうちで遊ぼ!」
 そう言うが早いか何人かの子どもたちが広場から走り去り、
戸惑うように他の子どもたちはその後を追う。
 アーチェに声をかけてくれた少女も、両手を友だちに掴まれ連れられて行った。

 「ま、まって・・・!」
 アーチェはその後を追おうと走り出すが、すぐに前に立ちふさがる陰に立ち止まった。
 驚き見上げると、主婦らしき女性が立ちふさがっている。

 先ほどの子どもたちより酷い、アーチェを汚い物でも見るような目で、
その女性は見下ろしてきていた。
 恐れおののき一歩後退したアーチェに女性は目つきをきつくする。
 「うちの子に手を出すんじゃないよ!この魔女めが!!」
 「やっ!!!」
 女性はもっていた箒を振りかざす。
 瞬間的にアーチェは尻餅をつき、叫び声を上げ、目を閉じ、頭を手で抱えた。
 すぐに鈍い音がした。

 けれど、予想したような痛みはなく、恐る恐る目を開いたアーチェの
うっすらとした視界に最初に飛び込んできたのは、ただ空色。

 「こんな子どもに手を上げるなんて!どういうつもりですかっ!!」

 そして、そう叫ぶ声が聞こえた。

 事態を把握しようと目を完全に見開いてアーチェはその状況を理解した。
 女性と、自分との間に割り込んだ人物がいたのだ。
 旅人らしき身なりは随分汚れているが、旅のマントの上に流れる長い空色の髪は美しい。
 先ほど女性が振り下ろした箒はその旅人の左肩辺りで折れ曲がっている。

 「ふん、あんたが誰だか知らんが邪魔しないでおくれ。
  そのガキはね、ハーフエルフなんだよ。魔女なんだよ!
  放っておいたらうちの子がどうにかされちまう!!
  今のうちにこの町に出入りしないようにするにこしたことはないんだよ!」
 形相は鬼のような女性はそう言って旅人を押しのけようとするが、旅人は微動だしなかった。
 それどころか、アーチェを庇うように手を広げる。
 「なんのつもりだい?」
 イライラと女性が言うが、対して旅人は冷静な声を発する。
 「立ち去りなさい。あなたにこの子をどうこう言う権利はない。」
 「っ!!うるさいよ!!」
 激情している女性は折れた箒をもう一度、今度は旅人に向かって振り下ろした。

 しかし、旅人は今度はそれを右手ですばやく受け止める。
 すると突然、旅人が掴んだ箇所から箒が燃えはじめ、
それは見る見るうちに黒い墨へと変貌した。

 「ひぃっ!!!」
 恐怖の色を浮かべ、女性は一歩、二歩と後退する。
 「去れ。次の警告はない。」
 声だけでわかる冷たい感じがアーチェにも伝わってきて、
そして、女性は青ざめ慌てて走り去った。

 それ見送る旅人が少し顔を横に向けたときに見えた目の鋭い眼光をアーチェは一瞬だけ見た。

 だが、やがてそれは解かれ疲れたような表情になる。
 「あの・・・・。」
 それでアーチェは旅人のマントを引っ張って、気付いた旅人は慌ててアーチェを振り返った。
 「あ、ああ。ごめん。私のせいで・・・。
  余計友だちがつくりにくくなった・・・よね。
  本当にごめん・・・。」
 屈みこみ、うな垂れるように言う旅人はアーチェに頭を下げるので
アーチェは必死に首を横に振った。
 「ううん。そうじゃなくて。庇ってありがとう。」
 「・・・。」
 アーチェがにこりと笑いながら旅人に礼を言うと、旅人は少しだけ顔をあげた。

 後ろからではわからなかったが驚くほど白い肌をしている。

 その肌を彩る緋色に気付き、アーチェは思わず旅人の顔に触れた。
 「っ・・・!」
 瞬間、旅人は身体を強張らせる。
 アーチェが触れた箇所は、最初に庇ったときに受けたのだろう浅い傷から血が滲み出している。
 「ごめん。怪我させちゃった・・・。」
 白い肌を染めるそれが実際よりも痛々しくて、アーチェは心配そうな顔を向けたが、
旅人はその手を傷口から離させてにっこりと微笑んだ。
 「大丈夫。気にしないで。」
 「でも、お姉さんの顔綺麗なのに・・・っ。」
 「おねっ・・・・。・・いや、気にしなくていいよ。
  これくらいすぐに治るから。」
 一瞬顔が引きつったように見えたが、旅人はもう1度微笑んでアーチェの頭を撫でた。
 「君は優しい子だね。
  でも、お姉さんというのは訂正して欲しいな。
  私はこれでも男でね。ブラムバルドという。」
 「あたしアーチェ!」
 ブラムバルドと名乗った旅人の話を聞いていたのか聞いていなかったのか、
どちらなのかは定かでないがアーチェは自分の名を名乗った。
 それに、いい名前だね、と答えてまたアーチェの頭を撫でると、ブラムバルドはふいに立ち上がる。

 「友だち探しをしてるんだよね?私にも手伝わせてくれないかい?」
 その申し出にアーチェは驚いた。
 「いいけど・・・。どうして知ってるの?」
 「君と似たような子を昔見てね。それでだよ。」
 ブラムバルドはそう言いながら困った顔をした。


 ブラムバルドが傷口の治療を終えるのを待って、2人は手を繋ぎ歩きだした。
 噴水広場から行き先はとりあえず先ほど子どもたちが走り去った方面。

 「ねえ。ハーフエルフを不気味がらないの?」
 突然アーチェはブラムバルドにそうたずねた。
 当然ブラムバルドは驚いて首をかしげる。
 「どうして?」
 「だって・・・みんなあたしのこと避けるもの。
  ハーフエルフって・・・やっぱり悪いのかな・・・。」
 顔を俯かせて言うアーチェに先ほどの子どもたちの行動を思い出し、
ああ、とブラムバルドは思った。
 確かにどこでもそのようなものなのである。
 ブラムバルドは困ったように笑い言葉を濁した。

 「・・・でも、君は何も悪いことをしていないよね。」
 やっとブラムバルドがそう言ったのは噴水広場を抜ける頃。
 返事なんてさっきので終わりなんだろうと思っていたから、今度はアーチェが驚き、
けれどしっかりと頷いた。
 そのしっかりとしたさまにブラムバルドは真剣な顔を向ける。
 「だったら。周りの評価なんか気にしちゃダメだよ。
  君がその評価に流されたら、本当に君がそうなってしまう。」
 その言葉にまた1つアーチェが頷くと、ブラムバルドはほっとした表情を見せた。


 やがて1つ橋を渡り、2人を怪訝そうに見る人々の間をすり抜け、
またしばらく歩いて2つ目の橋を渡ると、この町で一番大きな木が見えはじめた。

 「・・・あそこに行こうか。」
 その時何を思ったのかブラムバルドはアーチェの手をひき急ぎ足になった。
 子どもの歩幅でも追いつける程度の速さであるが、何事かとアーチェは慌てた。
 次第に木が近づいてくる。

 「あっ!」

 アーチェは声をあげ、思わずブラムバルドより少し身を乗り出すような形になった。
 木の下にいたのは先ほどの赤茶の髪の少女。
 友人たちは追い払ったのか、わかれたのか、今は1人で本を読んでいる。

 あの子なら友だちになってくれる。

 その思いで前に歩を踏み出したアーチェは、しかし不意に手のぬくもりがなくなって、
不安に振り返った。
 ブラムバルドはまだ少し手を伸ばした状態のまま、アーチェの方を見ていた。
 「私はもう行くから。」
 「え?」
 「ちゃんと、仲良くするんだよ。」
 そう言ってブラムバルドは完全に手を引っ込め、それからもう一度だけにっこりと微笑んで見せてから、
くるりと踵を返し、少女のいる木とは逆方向へ歩きだした。

 後は自分次第だとでもいいたいのだろう。

 「あ、ありがとう!お姉さん!!」
 アーチェは叫んだ。
 叫びながらサヨウナラと言うように手を振った。
 “お姉さん”の言葉には少しガクリときたようだが、ブラムバルドは軽く手を振り、
やがて見えなくなった。

 最後に向けられたその空色の髪が印象として脳裏に焼きついた。

 アーチェはそちらに背を向け、少女の方へ走り出した――――――――――――――

  *

  ―――て、わけよ。」
 と、アーチェは満足げな表情で言う。

 「そうよね〜。ブラムバルドってどっかで見た顔だと思ってたのよ。
  いやぁ。アーチェさんとしたことが忘れちゃってたわよ。
  でも、あれよね〜。あの時も助けてくれたんだし、
  集落での一件だってもっと早く解放してくれてよかったのに。」

 からからと笑う少女にそれはわがままだろう、と突っ込みたい面々だったが、
突っ込んだところで無駄だろうと、笑うアーチェを遠巻きに見守るに終わったのだった。


end


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