P。エルフの集落閉鎖頃。
登場→ブラムバルド、マーテル






 【06:ユグドラシル(マーテル)】


 遥か昔。
 今のアセリアの地を満たすマナを生む大樹をつくったのはハーフエルフだったという。
 しかし、人はおろかハーフエルフさえもその大樹の存在を忘れ、
魔科学になるものに手を出し、マナは枯渇しはじめ、大樹はその生命を終えようとしている。

 ブラムバルドはその大樹ユグドラシルに触れ、様子を確認していた。
 本来年中緑の葉を茂らせるはずのユグドラシルは茶けた葉を残すばかりで、
こうしてブラムバルドが見ている最中にさえ次々と散っている。
 葉はもう数えられるほどしかない。
 数年前からずっと注意を払っていたのだが、注意を払っただけで
ブラムバルドには何もすることができなかった。
 「(不甲斐無いことだ・・・。)」
 ギリと自身の唇をかみ締め、指先が白くなるほど手を握り締めた。
 そうすることで何が解決するわけでもないと言うことが余計に腹立たしかった。

 マナの枯渇の理由はエルフにはとうにわかっている。

 魔科学。

 すべてはその力のせいだった。
 魔科学は使いどころさえわきまえれば便利なものであるが、
今ミッドガルズの行っている魔科学兵器などというものは狂気の沙汰で、
マナを浪費し、それはこうしてユグドラシルにまで及んでいる。

 もちろん、エルフたちは魔科学兵器がマナの枯渇を招くことをミッドガルズの人々に伝えた。
 しかし、力に溺れた人々は“エルフが自分たちを恐れているのだ”
“マナが枯渇するはずがないだろう”と嘲笑い、
その愚かな行動が止まることはなかった。
 そして、ハーフエルフもまた魔科学についての考えを改めることなく、
エルフと対立する姿勢を明らかにした。

 ハーフエルフがエルフの声に耳を傾けなかったのは、
今までエルフがハーフエルフを嫌煙していたというのが大きな部分を占めるのだろう、
とブラムバルドは推測している。
 人間もそうだったわけだが、とにかくエルフは目にあまる物があった。
 だったらば、あまりそのことを責めることはできない。

 ただ悔しかった。

 すべては後手にまわり、魔科学平気の開発は止まることなく今このときでさえ進んでいる。
 上流階級のエルフたちが人間とハーフエルフに嫌悪を示し、
エルフはとうとう集落に閉じこもることになった。

 ブラムバルドがここに大樹の様子を見に来るのも最後である。
 次に、もしも見れたとしたらこの樹は間違いなく腐り落ちているだろうと、
陰鬱な思いにブラムバルドは顔を伏せた。

 ともすれば、また何もできないことのやりきれなさが、ぶつけようのない怒りとなって、
その矛先はいつしかハーフエルフに向いた。

 遥か昔。
 地を満たすマナを生む大樹をつくったハーフエルフ。

 狭間の者と忌むべき存在として見られながらものその行為。
 だからブラムバルドがハーフエルフを嫌煙することはなかった。
 尊敬さえしていた。
 「(それなのに何故――――――。)」
 無意識にこぼれ落ちる涙が、ブラムバルドの足元を濡らす。

 自身の不甲斐無さ。ハーフエルフと人間へのいいようのない怒り。枯れ行く大樹への惜しみ。

 ごちゃまぜの感情が駆け巡り、若いエルフはただ泣きながらユグドラシルに寄り添った。
 その時ふいに、ブラムバルドは不思議な感覚に捕らわれた。


 2つの世界。戦火。若者たち。翼。願い。

 そして、世界樹ユグドラシルの芽。


 樹と一体となったような感覚の後、突然全身の力が抜けてブラムバルドはすとんと座り込んだ。
 「な・・・っ?」
 それが何故かはわからない。

 だが、ふと上を見上げると、見知らぬ精霊と思しき女性が樹に腰掛け、
ブラムバルドの方を見ていた。
 「少しだけ力がもどってきて・・・、あなたのおかげね。」
 穏やかな笑みを向けてくる女性。
 そこでようやくブラムバルドは体内に溜まっていたマナが抜け落ちているのに気付いた。
 妙にスカスカとした不思議な感覚。

 「大丈夫だったかしら?身体に異変はない?」
 「いえ・・・、大丈夫です。」
 心配げな女性にブラムバルドは軽く立ち上がり微笑んでみせた。
 実際、体内のマナを感じない意外はいつも通りなのだ。
 「あの・・・。あなたは?」
 ブラムバルドは女性に向かってたずねる。

 「わたしはマーテル。この大樹に宿る精霊です。
  あなたのことは前から見ていましたよ。いつもこの樹のことを心配してくれて・・・。」
 「・・・この樹は、助かったんですか?」
 「いいえ。あなたのおかげで生き長らえはしましたが・・・。
  いつかは・・・・・・。」
 淡い期待は打ち消され、ブラムバルドはまた俯いた。

 マーテルはその俯いたブラムバルドの傍まで降りてきて、そっと額に口付けた。
 「!!?」
 「お礼をいい忘れていましたね。
  ありがとう。」
 「そんな・・・。結局なんのお役にも立てなかったのに・・・。」
 ブラムバルドの言葉にマーテルはふるふると首を横に振る。
 「そんなことはありません。あなたがマナを托してくれなければ、
  ユグドラシルは今日明日の命だったかもしれない。」
 そう言ってマーテルは穏やかに微笑む。
 「悲観しないで・・・。きっとすべてはうまくいきます。
  あの時のように・・・・・・。」
 「・・あの時?」
 疑問符を投げかけたブラムバルドにマーテルはまたにっこりと微笑んだ。

 「大丈夫。きっと・・・ね。」
 「あ・・・!!」

 マーテルの言葉を合図にするように突然強風が吹き、ブラムバルドは咄嗟に目を瞑った。
 轟音が森を吹きぬけ、落ち葉が舞い上がり全身を打つ。
 鳥が逃げ出した音の後、風が収まり、そっと目を開けば、

 「あれ・・・?」

 大樹に宿る精霊はいなくなっていた。
 ただ、もう一度見上げた大樹は先ほどよりも少しだけ生気を取りもどしたように見えた。

      ――――――大丈夫。

 その言葉に勇気付けられながら、ブラムバルドは大樹に背を向けて歩きだす。
 今からすべきことは漠然としながらではあるが心の中で決まった。
 「(一歩ずつ歩いていけばいい。)」

 少しだけ晴れやかな気分であった。



 「(そういえば・・・。)」

 大地母神の名を思い出し、ブラムバルドは一瞬だけ振り返った。


end


もどる





[PR]動画